2023年1月20日〜21日、フランスのシャンパニー=エン=ヴァノワーズでUIAAアイスクライミングワールドカップ第2戦が行われた。
日本からは男子3名、女子4名の計7名が挑戦した。
会場の雰囲気
リード予選結果
予選は男女ともにフラッシュ方式での2課題が用意され、両ルートを完登した選手は、フランスのデヴィンとルーナーの2名のみ。
完登者が続出した韓国戦と違って、予選から難しめの課題設定だったことが伺える。
詳細は以下を参照(外部サイトに遷移します)
リード男子予選 日本人順位
ヨーロッパの参加選手が増えて、より難しい予選となった中、中島正人が16強に滑り込みセミファイナル進出を決めた。門田ギハード、伊藤権次も善戦したが、予選敗退となった。
順位 | 名前 |
---|---|
16位 | 中島正人 |
20位 | 門田ギハード |
32位 | 伊藤権次 |
リード女子予選 日本人順位
同じく女子も強豪選手がひしめく中、竹内春子が予選突破。他の選手は予選敗退となった。
順位 | 名前 |
---|---|
16位 | 竹内春子 |
19位 | 市川倫子 |
21位 | 笹川淳子 |
24位 | 上原久美子 |
リードセミファイナル
オランダ代表 竹内春子?!
セミファイナルの1番手で現れた竹内春子。
何故かオランダの国名入りダウンを着て登場し、驚かせた。一体何が起きたのか?
日本チームを襲った不運
実は、日本チームの5名(市川倫子、上原久美子、笹川淳子、竹内春子、中島正人)にとてつもないアクシデントが発生していたのだ。
フランスへ向かう飛行機での移動の際、ロストバゲージ(荷物の紛失)に遭ってしまい、アイスアックスやフルートブーツなど、登攀装備一式をロストしてしまった。
飛行機の機材トラブルで乗継便に乗れず、移動時間が大幅に追加されたため、現地に到着したのは大会当日の深夜1時だった。そのため現地で装備を調達することすらできなかったのである。
各国から救いの手
絶望的な状況であったが、選手たちは決して下を向くことはなかった。竹内春子が、IWCに出場する選手たちが参加する、Facebookのアスリートグループに助けを求めた。すると、各国の選手たちが次々とギアの提供を申し出てくれたのだ。
本来、自分自身のことだけでも手一杯になる大会当日に、他国の競争相手に対して、大切なギアを貸し出すという行為は、そうそう簡単にできることではない。
アスリートとして、正々堂々とした一流の振る舞いを示してくれた各国の選手たちに感謝と敬意を表したい。また、この難局でもセミファイナルへ進出した中島正人、竹内春子のパフォーマンスは素晴らしく、今シーズンの好調ぶりがうかがえる。
少々長くなってしまったが、このセミファイナル冒頭の竹内春子の姿にはそんなエピソードがあったのだ。
レンタルギアでも躍動する竹内春子!
各国の選手達に提供してもらった装備で、竹内春子は6クリップし、10位まで順位を上げ競技を終えた。普段から愛用しているアイスアックス「オクタ」ではなく、不慣れなはずのASPEEDを使っていたが、基礎能力が高いためか、しっかりツールに適応しているようにも見えた。
ファイナル出場のボーターとなった8クリップまでもう少しだっただけに、自身のツールでトライできていたらと思ってしまうものの、この局面において上々の成果を出せたのではないだろうか。
ちなみに予選を突破した中島正人は、初手の激悪ホールドの餌食となり、早々に競技が終了してしまった。
昨年12月初めに行われた、ヨーロピアンカップ第2戦(ブルノ)のファイナルでも序盤のホールドにはじかれており、悔しい展開になるのを散見する。 次は活躍を期待したい。
豪快な登りを見せるナザン
男子セミファイナルのルートには、見せ場としてダイノを決める場面があった。フランスのナザン・クレールのダイノは豪快で、見ていて痛快だ。
普段からDTS(フィギュア4を使わないスタイル)で登っているためか、肩の強さが伺えるシーンだった。
スピード 予選~ファイナル
スピード競技もレンタルギア
リードセミファイナルの翌日、スピード競技が行われた。
フランス会場ではデュエル方式ではなく、複数本登って一番早いタイムが記録となるルールだ。
男子予選は2本トライ可能で、上位16名が決勝進出。 女子は16名エントリーのため全員が決勝進出。決勝では3本トライし決着をつける。
スピードにエントリーしている日本人選手は5名だが、全員ロストバゲージ組だ。
この日も各国選手達の厚意により、各ツールを借りてトライした。
日本女子選手リザルト
順位 | 名前 | タイム |
---|---|---|
女子6位 | 竹内春子 | 19.05秒 |
女子11位 | 市川倫子 | 28.21秒 |
女子12位 | 上原久美子 | 28.94秒 |
女子15位 | 笹川淳子 | 35.60秒 |
日本男子選手リザルト
順位 | 名前 | タイム |
---|---|---|
男子29位 | 中島正人 | 16.43秒 |
またも進化を見せた竹内春子
竹内春子が19秒台をマークし、6位入賞。
安定して19秒台を出せるようになれば、次のステージが見えてくるようになるだろう。
一方、中島正人が16.43秒と健闘したが、男子は10秒を切る速度でなければ上位層で戦えない。
ロシア選手がいなくとも中々に超えるハードルは多そうだ。
韓国男子初のスピードキング
初戦の韓国で、女子金メダルに続き、男子初となる金メダルを、ヤン・ミョンウクが獲得した。
最速の男、ベヘシュティ・ラド・モーセンとの差は、僅か0.05秒。
劇的勝利となった。
3位のマンダフバヤル・チュルウンバートルは今まで表彰台に絡む順位まで到達していなかったが、ここにきて大躍進の結果がでた。
男子スピードリザルト
順位 | 名前 | 国 | タイム |
---|---|---|---|
1位 | ヤン・ミョンウク | KOR | 6.93秒 |
2位 | ベヘシュティ・ラド・モーセン | IRI | 6.98秒 |
3位 | マンダフバヤル・チュルウンバートル | MGL | 7.21秒 |
女子は欧州勢で混戦
ロシア選手のいない中、女子のトップに輝いたのはヴィヴィアン・ラバリル(SUI)だ。
13秒~15秒辺りが表彰台圏内となる中、ひとり12.01秒を叩き出し頭一つ出る結果となった。
2位のロレーナ・ベックは17歳、リヒテンシュタイン公国の若手選手だ。
3位のオルガ・コゼックは3本目で14秒を切るタイムを出し、登攀後タイムを聞いて喜びを爆発させた。
女子スピードリザルト
順位 | 名前 | 国 | タイム |
---|---|---|---|
1位 | ヴィヴィアン・ラバリル | SUI | 12.01秒 |
2位 | ロレーナ・ベック | LIE | 13.75秒 |
3位 | オルガ・コゼック | POL | 13.93秒 |
フィフィ用プロテクター
本大会ではフィフィに取り付けて手を保護できる簡易的なプロテクターを装備している選手がいた。
同じものを各選手で使いまわしているのか、数名のトライで確認できた。
スピード種目は鋭利な刃物を持って全力で身体を動かすため、非常に危険だ。
かと言って、防御力に振った重装備では肝心のスピードが出せない。
そんな悩みを解決する、お役立ちアイテムの発見に面白さを感じた。
リードファイナル
華麗な登りを観客に魅せる課題
男女ともルート上に妙なギミックはなく、強い選手達の華麗なムーブを堪能できる構成となっていた。
こういうルートは相性がいい選手が多いのか、初戦とは打って変わって、完登者が数名出ることになった。
観戦している側としても、やはり完登するシーンを見ると満足感がある。
ダイナミックムーブの反動
ルート上に妙なギミックはないが、スタートからずっと強い傾斜が続くため、選手達は体力を削られ続ける。
男子ルートでは、中間部にちょっとしたチェーンのギミックがある。
女子ルートにも同様のチェーンはあるが、男子ルートではそこから次の一手が遠く、ダイナミックな動きとなるため、特に見栄えが良い。
しかし、遠く手を出す分、解除時に身体の振れを止めるのに難儀する。
実際、半数近くの選手がここで耐え切れずフォールとなった。
また、男子は20クリップ、女子は17クリップあるロングルートとなるため、完登するのは容易ではない。
圧巻の登りを見せるルーナーとシン
第2戦の優勝を決めたのは、男子はルーナー・ラドヴォン、女子はシン・ウンサンだ。
両名とも90秒時間を残しての圧倒的速さで完登。
2位の選手とは大きく差をつけての勝利となった。
男子リードリザルト
順位 | 名前 | 国 |
---|---|---|
1位 | ルーナー・ラドヴォン | FRA |
2位 | ベンジャミン・ボスハルト | SUI |
3位 | パク・ヒヨン | KOR |
女子リードリザルト
順位 | 名前 | 国 |
---|---|---|
1位 | シン・ウンサン | KOR |
2位 | ペトラ・クリングラー | SUI |
3位 | エマ・マクスウィガン | IRL |
シーナの判定
配信を見る限り、シーナ・ガッツは完登していたように思うが、リザルトを確認すると7位となっていた。
どうやら、また使用不可エリアを触ったとの判定が出たようだ。
各選手、次戦でも気を付けたい。
おまけ情報。アイスツール使用状況
舞台がヨーロッパに移り変わっても、使用率の高いギアは大きくは変わらない。アイスアックスは、アンカー、ノミック、ASPEEDの3種類が人気だ。クワン・ヨンヘが不参加となり、オクタは使用率ゼロとなった。
スロバキアのマリアがエリートクライムの最新モデル「モルフォ」を使用していたのが印象的だ。ピック込みのスペック値では重量わずか438グラムという超軽量モデルとなっており、コンペティターには人気が出そうだ。
アイスアックス使用率
順位 | モデル名 | 使用率 |
1 | クルコノギ アンカーシリーズ | 25.0% |
1 | ペツル ノミック(ハンドル改造モデル含む) | 25.0% |
3 | ICE ROCK ASPEED(ハンドル改造モデル含む) | 18.75% |
4 | グリベル フォースカーボン | 6.25% |
その他 | 25.0% |
フルートブーツはやはりレベルアイスとメガアイスの2大モデルが圧倒的に使われている。
フルートブーツ使用率
順位 | モデル名 | 使用率 |
1 | スカルパ レベルアイス | 50.0% |
2 | スポルティバ メガアイス | 28.125% |
3 | アゾロ コンプXT | 9.375% |
4 | ケイランド ドライドラゴン | 6.25% |
その他 | 6.25% |
まとめ
今回ロストバゲージにより、参戦が危ぶまれた日本チーム数名。
各国選手の助けでなんとか競技に参加することができた。
こんなことは中々あることではないが、「何とかする」といった、とっさの応用力というのは普段から様々なパターンを絶えず思考し、トレーニングしていく他ないだろう。
たまには慣れたツール以外のものを使って違いを確認しておくというのも良いかもしれない。
次回はいよいよワールドカップ最終戦。
どんなドラマが待っているだろうか。
各選手の活躍を期待したい。
最後に各国の選手へ敬意を表し、日本選手へ貸してくれたアイテムを一覧で紹介したい。
各国選手が提供してくれたアイテム
- マリアンヌ&デニス(NED)
- ハーネス
- アイスフィフィ
- 競技用ウェア上下
- 靴下
- 冬用ブーツ
- ダウンジャケット
- 帽子
- バフ
- 防寒グローブ
- シャンプー
- 食器
- オルガ&アレック(POL)
- アイスアックス
- フルートブーツ
- グローブ
- パウリ&エンニ(FIN)
- アイスアックス
- アイスフィフィ
- プロテクター
- ケイトリン(GBR)
- フルートブーツ
- イーメ(IRL)
- フルートブーツ
- ジャネット(HKG)
- フルートブーツ
- アイスフィフィ
- モーセン(IRI)
- 手袋
- オーバー手袋
- シン(KOR)
- 手袋
- 伊藤&門田(JPN)
- アイスアックス
- ホッカイロ
- 双眼鏡
各種ツール・装備を提供してくれた選手達には本当に感謝したい。