ついに開幕したアイスクライミングワールドカップ。今シーズンは全3戦でかつ、すべて1月中に行われる短期集中型の戦いとなる。
初戦はドライツーリングの競技会場として最高峰と言っても過言ではない、韓国のチョンソンアイスクライミングワールドカップセンターで行われた。

ここで1月14日、15日の二日間にわたり、リード/スピード競技が行われた。日本からは男女総勢11名がエントリーした。

また、この大会は、UIAAアイスクライミングアジアチャンピオンシップ2023も兼ねている大会だ。ワールドカップの一戦であるとともに、アジア選手枠での表彰がある。つまりワールドカップとは別軸にアジア枠での表彰台も狙うことができる。※賞金もそれぞれ別に用意されている。
リードセミファイナル
予選結果振り返り
予選結果をみると、驚くことに男女共予選2課題を完登する選手が続出していた。
1位タイとなったのは男子11名、女子11名であり、セミファイナル進出のためには2完登することが前提条件かという程だった。
予選結果の詳細は以下で確認(※外部サイトへ遷移します)
日本選手4名がセミファイナル進出
以下の日本選手が次のステージへ進んだ。
※表に記載のポイントは少ない方が上位
日本男子選手セミファイナル進出
予選順位 | 名前 | ポイント |
---|---|---|
1位タイ | 門田ギハード | 45.5pt |
14位 | 中島正人 | 224pt |
16位 | 嶋田豊 | 314.5pt |
日本女子選手セミファイナル進出
予選順位 | 名前 | ポイント |
---|---|---|
1位タイ | 竹内春子 | 58.5pt |
同率1位が並ぶなかに入っていったのは門田ギハード、竹内春子の2名。
次いで同い年の二人、中島正人と嶋田豊が滑り込んだ。
日本選手の最年長・笹川淳子は、女子17位となり惜しくも予選突破が叶わなかった。それでもこの会場で1完登を達したのは大きな自信につながっただろう。50代の挑戦はまだまだ続く。

セミファイナル課題の核心
男女とも下部が厳しめに設定されており、一手一手が遠い印象だ。
男子ルートは、ルーフセクション終わりのアイスバレルから、上部へ手を出すところがひとつの核心となっていた。セミファイナルのリザルトを見てみると、ルーフを越えて14クリップをしている選手がファイナル出場のボーダーラインとなっていた。
ファイナル進出はかなり狭き門であったことが伺える。

一方で、女子ルートはルーフの終盤まで到達すればファイナル進出が見えてくるラインとなった。
とはいえルーフでトラバースしていくのは体力的な消耗が激しく、至難の業だ。
下部で如何に温存できるかがポイントだろう。

日本選手のセミファイナル結果
表のポイントは整数がクリップ数。小数点以下がムーブやホールド保持の度合いによる加点。数値が大きい方が上位となる。
日本男子選手セミファイナル結果
セミファイナル順位 | 名前 | ポイント |
---|---|---|
13位 | 門田ギハード | 11.210pt |
14位 | 中島正人 | 11.210pt |
16位 | 嶋田豊 | 10.210pt |
日本女子選手セミファイナル結果
セミファイナル順位 | 名前 | ポイント |
---|---|---|
5位 | 竹内春子 | 12.261pt |
日本男子”三つ巴の時代”再来
嶋田豊が4シーズンぶりにワールドカップの舞台に帰ってきた。2018シーズンまでは日本選手で最強の呼び声が高い中、ライフステージの変化により一線から離れていた。昨年の国内ドライツーリングコンペ”秋の三連戦”から競技に復帰した。

マッスルメモリーというやつだろうか。戦い方はしっかりと記憶されていて、復帰して間もなくのワールドカップ本大会で見事に予選を突破した。
セミファイナルの順位としては下位ではあるが、今後も戦っていける感触はつかめたのではないだろうか。
さらに同い年で好敵手、共に成長してきた中島正人も嶋田豊復帰によるポジティブな影響を受けているに違いない。
昨年から非常に調子を上げており、ワールドカップでは久しぶりとなるセミファイナルへ進出した。日本チーム間で良いシナジーが生まれているように見える。
ここ3シーズン程は、エース・門田ギハード頼みであった日本男子だが、拮抗しているこの三者が今後の日本男子を牽引してくれることだろう。
ワイプ映像に映る竹内春子
以前にもあった、セミファイナル”あるある”がまたも発生した。 男女同時登攀で進行するため、中継でどちらかの映像しか見られないという現象だ。
今最も強い選手、ルーナー・ラドヴォン(FRA)の裏で登攀していた竹内春子。
メインで映るのは当然ルーナーのものとなり、竹内春子の登攀模様は、ほぼワイプでしか映ることがなかった。

ライブ配信を見ていた竹内ファンはヤキモキしたことだろう。
しかし、本人は知る由もない。 しっかりと結果を出し、危なげなく5位でセミファイナルを突破した。
リードファイナル
セミファイナルから翌日、午後から決勝戦がスタートした。
男子ファイナル
摩擦係数ゼロの氷樽(アイスバレル)
男子ルート、下部はホールドの間隔が短めに設定されており、各選手軽快に高度を稼いでいく。
強いてあげるなら3クリップした直後のホールドが悪いくらいか。

6クリップ終えると、核心となる中間部のルーフセクションに入る。
計4つのアイスバレルが待ち受けることになるが、季節外れの気温の高さにより、氷解が進んでいる…。
乗り移ると即座にグローブとウェアが水浸しになり、選手たちは通常とは違うベクトルでダメージを受けることになる。

特に厳しい状況に追い込まれるのが、3つ目のアイスバレルから一旦ボテに移るところ。
ボテにつくホールドに手を出すも、背面に位置し尚且つ揺れて回るアイスバレルのため距離が変化する。

さらに濡れた氷はよく滑る。
両足で挟み込むことも出来ず、また絶妙なサイズ感で、身長の高い選手はアイスバレルにフロントポイントを蹴り込んでも体勢がかなり窮屈になる。

実際半数の選手がこのセクションで脱落。
ルーフを抜けると傾斜が緩むが、その先はハードムーブの連続だ。
疲弊した腕でどこまで戦えるかが勝負となる。
順位を覆す厳しすぎる判定
ルーフセクションを突破したのは以下4名。
- クワン・ヨンヘ(KOR)
- サフダリアン・モハマドレザ(IRI)
- デヴィン・ヴァージル(FRA)
- パク・ヒヨン(KOR)
イランのサフダリアン、フランスのデヴィンは14、15クリップまで進めたが、途中使用禁止エリアに触ったとの判定が出たため、リザルトではその時点の記録となった。
ちなみにこの判定が通らなければ、デヴィンが優勝、サフダリアンが3位という結果になっていただけに、地元韓国勢にとっては非常にラッキーな結果となった。
一方、映像を見る限りは両名とも問題ないように思え、相当厳しい基準でジャッジされた様子だ。
実際、配信時の視聴者コメントでも主催者側へ異を唱えるものがあった。

若干恣意的なものを感じてしまうが、判定が変わらないところから当の本人たちが結果に折り合いをつけたと判断するしかないだろう。
とにかく言えることは、今後同じような判定をされないように各選手注意が必要なシーンだということだ。

不運に見舞われたチャンピオン
優勝候補筆頭のルーナー・ラドヴォン(FRA)が、2つ目のアイスバレル付近でまさかのフォールとなる番狂わせが起きた。
原因はアックスが折れたことによるもの。
ロワーダウンで降りてきたところで怒りを露にする場面があった。

使用していたのはクルコノギ製のアンカーシリーズ。
シャフトがカーボンでできており、非常に軽量なアックスだ。
聞くところによると、空港でロストバゲージに遭ってしまったため、いつも使っているアックスが手元にない状態だったという。
本大会では、借り物のアックスでトライしていたようだ。
今にして思えば、セミファイナルでダイノを決めにいった時に、アックスがかなりの高さから落下していた。
その時にカーボンシャフトになかりのダメージが蓄積されてしまったのではないだろうか。
女子ファイナル
背面に手を出す難しさ
女子ルートも大まかには男子ルートと同様の構成となっていた。
序盤は軽快に高度を上げ、9クリップしてから背面にぶら下がるアイスバレルに移っていく。
アイスバレルを越えて傾斜が変わったところを残ったスタミナで乗り切る構成だ。

女子ルートで出現するアイスバレルは2つ。
核心となったのは2つ目のアイスバレルでクリップすることになるクイックドローの位置だ。

アイスバレルの状態は言わずもがなで、厳しい状況のなか背面にあるクイックドローにクリップしにいくことになる。
だがロープを引くとアイスバレルが回転を始める。
そのせいでクイックドローまでの距離が変わり、手が届かなくなる…。
そんな搦め手にハマり、4名のファイナリストがフォール。
ここを突破しなければ勝利はつかめない…。
アイスバレルと踊る竹内春子
竹内春子の登攀を確認する。
核心となるクリップをきっちりと処理したが、その後のアイスバレルを抜けるところで大きく時間を使うことになった。
しかしながら、劣悪な状況のアイスバレルでも器用にポジションを変えるテクニックを見せ、ボテに付くホールドにフッキングを成功させる。
まるでアイスバレルとダンスしているかのようだ。


フッキングポイントがアップで映されるが、かなり際どい掛かりをしているのがわかる。
見ていてハラハラしたシーンだ。

なんとか立て直しに成功し、最終セクションへ手を進めていく。
13クリップを決め、長大な距離の一手をとり、もう一手出したところでタイムアップとなった。
ファイナル結果
リード男子リザルト
ファイナル順位 | 名前 | ポイント | 国 |
---|---|---|---|
1位 | パク・ヒヨン | 14.290pt | KOR |
2位 | クワン・ヨンヘ | 11.240pt | KOR |
3位 | トリスタン・ラドヴォン | 10.212pt | FRA |
トップのパク・ヒヨンは2017年以来の地元会場での優勝となった。
クワン・ヨンヘはセミファイナル15位スタート、ファイナル8位からの巻き返しで2位。
3位となったラドヴォン・トリスタン。弟に代わりメダルを持ち帰った。
リード女子リザルト
ファイナル順位 | 名前 | ポイント | 国 |
---|---|---|---|
1位 | クリングラー・ペトラ | 15.330pt | SUI |
2位 | シン・ウンサン | 14.330pt | KOR |
3位 | ガッツ・シーナ | 14.330pt | SUI |
終始パワフルに登攀していったペトラ・クリングラーがトップ。
同じ個所でフォールとなったシン・ウンサンだが、クリップを先にしているかどうかが明暗を分ける結果となった。
さらに女子の2位と3位はファイナルでは同率ポイント。
カウントバックでの判定となったが、それも僅差(わずか0.08pt)となり、かなりの接戦が繰り広げられた。
アジアチャンピオンシップ リード種目結果
リード男子アジアリザルト
順位 | 名前 | 国 |
---|---|---|
1位 | パク・ヒヨン | KOR |
2位 | クワン・ヨンヘ | KOR |
3位 | リー・ヨンゴン | KOR |
リード女子アジアリザルト
順位 | 名前 | 国 |
---|---|---|
1位 | シン・ウンサン | KOR |
2位 | 竹内春子 | JPN |
3位 | ジョン・ウンワ | KOR |
アジア枠で銀メダル!竹内春子の快挙

アジアチャンピオンシップの表彰台は、男女とも韓国勢でほぼ独占状態となるなか、竹内春子が銀メダルを獲得。アジア2位の大記録を達成した。
2020年開催の、アジアチャンピオンシップ3位となった小武芽生の記録を1つ更新することになる。
国際大会に参加するたび進化を見せてくれる竹内春子、次回もきっと魅せてくれることだろう。
おまけ情報。アイスツール最新事情
世界中のギアオタクもきっと注目しているアイスクライミングワールドカップだが、今大会のアイスツールの使用率も見てみたい。映像で確認できるセミファイナリストを集計範囲としているが、クルコノギ社のアンカーシリーズを使用している選手が最も多い結果となった。
これまでもロシアの強豪選手たちを中心に使われていた印象だが、その人気は各国にも広まりつつある。それ故にルーナー・ラドヴォンの決勝トライによって露呈してしまった強度問題が今後選手たちにどのような影響を与えるか気になるところだ。
一方、地元韓国選手は相変わらずクルコノギアックス使用者が一人もおらず、多くの選手がノミックやASPEEDのハンドル改造モデルを愛用している。
日本で絶大な人気を誇るOctaについては、クワン・ヨンヘや竹内春子の活躍もあり、メジャーなアックスに劣らず、その存在感は際立っている。
フルートブーツはこれまでの潮流と大きく変わらず、レベルアイスとメガアイスの2大モデルがシェア争いをしている状況だ。
アックス使用率
順位 | モデル名 | 使用率 |
1 | クルコノギ アンカーシリーズ | 24.2% |
2 | ペツル ノミック(※ハンドル改造モデル含む) | 21.2% |
3 | Ice Rock ASPEED(※ハンドル改造モデル含む) | 12.1% |
4 | ペツル エルゴノミック(※ハンドル改造モデル含む) | 9.1% |
4 | カシン X-DREAM(※ハンドル改造モデル含む) | 9.1% |
4 | Octa | 9.1% |
7 | JETB | 6.1% |
その他 | 9.1% |
フルートブーツ使用率
順位 | モデル名 | 使用率 |
1 | スカルパ レベルアイス | 57.6% |
2 | スポルティバ メガアイス | 30.3% |
3 | アゾロ COMP XT | 9.1% |
その他 | 3% |
スピード種目
日本からスピード競技にエントリーしたのは5名。
リード種目のファイナルが行われる日の早朝から、予選~決勝と一気に競技を進める過密スケジュールだ。
そのためか、竹内春子はエントリーしたものの、DNS(欠場)となった。 今回はリードに専念する判断をしたのだろう。
日本選手の成果
以下順位とともに確認していく。
日本男子選手リザルト
順位 | 名前 |
---|---|
24位 | 中島正人 |
日本女子選手リザルト
順位 | 名前 |
---|---|
13位 | 市川倫子 |
14位 | 上原久美子 |
18位 | 笹川淳子 |
市川倫子、上原久美子がベスト16進出
今回女子スピードで市川倫子、上原久美子がクォーターファイナルへ進出し、しっかりとその爪痕を残した。
以前、スイスの大会であったような参加者が極端に少なく、全員ファイナル出場というものとは状況が違う。ロシア選手が不在とは言え、予選を勝ち抜いてのクォーターファイナル進出というところに大きな価値があるだろう。
両者ともリードでは思うような成果を残せなかったと思われるが、その翌日のスピードで気持ちを切り替えて掴んだ結果に賛辞を送りたい。
笹川淳子はリードに続き、スピードもあと一歩のところでセミファイナル進出を逃してしまった。
アジアチャンピオンシップとしてはどうか
アジア選手枠としての結果を見てみよう。
アジア男子リザルト
順位 | 名前 |
---|---|
16位 | 中島正人 |
アジア女子リザルト
順位 | 名前 |
---|---|
4位 | 市川倫子 |
5位 | 上原久美子 |
9位 | 笹川淳子 |
おわかりいただけただろうか。
市川倫子が4位という結果となり、実は表彰台まであと一歩。ほんの僅かなところまできていたのである。
今回アジア枠の選手が特別少なかったわけではない。アジア枠は16名いたなかでの4位という誇れる順位となった。
ロシア選手がいないスピードの世界
これまでスピード競技はロシア一強という状況だったが、あの戦いのせいで彼の国の選手は一人も出ていない。
そんな混迷を極める状況の中、表彰台に上がったのは以下の選手たちだ。
スピード男子リザルト
順位 | 名前 | 国 |
---|---|---|
1位 | ベヘシュティ・ラド・モーセン | IRI |
2位 | ブファード・デイビッド | ROU |
3位 | ニャムドゥー・ヘルレン | MGR |
スピード女子リザルト
順位 | 名前 | 国 |
---|---|---|
1位 | リ・スギ | KOR |
2位 | ロウゼッカ・アネタ | CZE |
3位 | シャーリー・カタリナ | USA |
アジア枠としては以下。
スピードアジア男子リザルト
順位 | 名前 | 国 |
---|---|---|
1位 | ベヘシュティ・ラド・モーセン | IRI |
2位 | ニャムドゥー・ヘルレン | MGR |
3位 | サフダリアン・モハマドレザ | IRI |
スピードアジア女子リザルト
順位 | 名前 | 国 |
---|---|---|
1位 | リ・スギ | KOR |
2位 | アサディ・シャブナム | IRI |
3位 | キム・ジナ | KOR |
見えてくる勢力図
男子はイランの2名が、以前からロシア勢の対抗馬として速いことは知られている。
次いでロシア人が並ぶ順位表の中にチラりと見かける国として、モンゴルがあげられるが、今回ニャムドゥー・ヘルレンが、モンゴルに初の銅メダルをもたらした。
女子はどの国が突出して速いということはなく、比較的欧州の選手が上位にきている印象だ。
だが、今回スピードクイーンとなったのは韓国のリ・スギで、なんと52歳というから驚きだ。
終わらない1位/3位決定戦
今回のスピード競技で、ちょっとしたハプニングがあった。
女子決勝・三位決定戦で全員まさかのフォールという自体が発生。
順位が付かず、繰り上がって敗退した選手が再トライし始めたかと思いきや、途中で中断。
進行が不透明なまま時間だけが過ぎるシーンがあった。

どうやら機材のトラブルということで、度々登り直しをさせられた挙句、リードファイナルの終了後に行われることになった。
不屈の漢サフダリアン
男子3位決定戦でサフダリアンがアイスフィフィを自分の足に刺してしまい負傷する場面があった。

ロワーダウン後、スタッフやチームメイトに支えられながら退場していった彼だが、なんとその日の午後に行われたリードファイナルに出場。
結果としてはリードファイナルの話題で紹介したものとなってしまったが、午前中にケガをしたとは思えないようなパフォーマンスを発揮していた。

まとめ

竹内春子の活躍のほか、実にドラマティックなシーンが多かったアイスクライミングワールドカップ第一戦。
今回も非常に見応えがあった。
特に今回はアイスバレルで想定される対処方法について、多くの気づきを与えてくれた。
選手達はこの一戦で得たものを糧として、残りのフランス、スイスに挑んでもらいたい。
ロシア勢不在の中、ヨーロッパの地でもアジア旋風は巻き起こるか?大いに期待したい。