中島正人率いるTMGCドライツーリング普及委員会が主催するドライツーリングトライアル・シリーズコンペ、その最終戦となる”Technical Master”が2022年11月19日(土)に開催された。
コンペ概要
中島正人からの挑戦状
ついにやってきたシリーズ最終戦。今回はテクニックをテーマにしているが、予選から強度の高い課題が展開され、当たり前のようにパワーやスタミナも必要だ。ラストに相応しく、総合力が求めらる内容となっている。
「大丈夫。完登出来なくても順位がつくから。」
競技の予選ルート説明の中で、中島氏から不穏な言葉が発せられ、会場がざわつく…。
今回のコンペは前2大会とは一味違う。完登させる気はないという発言にもとれるが果たして…。
基本ルール
- 予選8ルート
- フラッシュ方式
- クジ引きで3人一組のグループを決定
- 1グループ12分のトライ時間
- 制限時間内であれば何度でもトライ可能。タイムやアテンプト数は考慮せず。
- 登攀順や登攀ルートをグループ内で相談
- 一度に取り付けるのは2名まで
- 予選競技終了時間までグループ単位で順番を回す
- 本戦
- 1ルート
- オンサイト方式、疑似クリップ有り
- 予選の上位8人がトライ
予選では完登できなかった場合でも、高度点(何手まで保持できたか)が得点となる。また、完登した人数が多いルートと、少ないルートでは点数差が出るようになる仕組みだ。
本戦の結果が同着順位の場合、予選のカウントバックで順位を決定。
力試しの予選ルート
会場の右側緩傾斜壁にルート1~3が、正面垂壁にルート4、5が、左側強傾斜にルート6~8が配置された。
グループ構成と登攀順
予選はフラッシュ方式であるため、先にトライしている様子を見学できる。そのため後からトライする方が断然有利となる。ジャッジの判断で、今回は実力者が揃ったEグループから競技開始となった。先行者たちはお手本となるような登りを見せる。
暗躍する2人目のルートセッター
今回はサブルートセッターとして、ベータクライミングジム・ドライツーリング練習会講師としてお馴染みの古平和弘が参加。トリッキーなドライツーリングムーブの研究家でもあり、今回もやはり仕掛けてきた。
トリッキーでスパイシーな古平ルート
垂壁に独特の難しさを感じさせるルートが設定された。決して強度が高いわけではないが、保持することにストレスを感じるホールドが効果的に配置され、全体的に移動距離が長い。登攀する面が変化するポイントで様々なギミックを仕掛けており、特に木材にアイスアックスを打ち込むセクションは絶妙な緊張感を強いられる。
アルパインクライマー原顕子はゆっくりだが丁寧にアイスアックスを決め、落ち着いてこのセクションを処理していた。
また、その他にも最終ホールドが異常に高い位置に配置された課題が出現。果敢にランジをトライした選手もいたが全く届くことはなかった。
そんな中、正解ムーブを繰り出したのは“鉄人”こと森田啓太。コーナーに身体を入れ、ステミングでうまく高さを出し、最終ホールドを見事にとらえた。
テクニカルマスターを彩るメタルホールド
今回新しいホールドがお目見えした。
岩を模しているが、金属でできており、よく見ると“intellect”の刻印がある。
トップポイント製の最新ホールドだ。
一見どうかけたらいいかわからないようになっており、簡単にはフッキングさせてもらえない。
上に向かって登るだけならまだ対処できるが、強傾斜で尚且つトラバースするところで出てくるため非常に厄介な存在となる。
女子選手の活躍
強傾斜でのパワームーブは女子選手にとっては筋力的に不利になるが、今大会にエントリーした女子選手たちは見事に対応している。メタルホールドが連続するアンダームーブをしっかり決めており、普段からこの強度の高い壁に取り付いてトレーニングを続けてきたことが伺えた。
バウンダリーの罠
アイスクライミングのコンペでは度々登場するバウンダリーが登場。通常は使用可能エリアを限定するものだが、今大会は蹴り込み禁止エリアとして緩傾斜壁に設定された。
緩傾斜壁とはいえ、ハードムーブを起こす箇所が数か所ある。目の前に集中しているところにうっかり蹴り込み禁止エリアを使ってしまい、強制終了の憂き目にあうシーンが何度か見られた。登攀中も周りをよく見る冷静さが求められるいいアクセントとなった。
嶋田無双
今大会、予選で圧巻のパフォーマンスを見せたのは嶋田豊だ。どの課題も危なげ無く対応し、全ルートを完登して予選を首位で突破した。
全てのルートを完登した後は、トレーニング?としてルートを往復する余力を見せた。
嵐を呼ぶ決勝ルート
長い予選の末、以下8名が決勝へ進んだ。シリーズ最後の戦いに挑む。
出揃ったファイナリスト
順位 | 名前 | 備考 |
---|---|---|
1位 | 嶋田豊 | IWC選手 |
2位 | 橋本翼 | IWC選手 |
3位 | 松永英知 | |
4位 | 伊藤権次 | IWC選手 |
4位 | 上原久美子 | IWC選手 |
6位 | 森田啓太 | |
7位 | 宮崎正章 | |
8位 | 佐々木健人 |
IWC勢が実力を発揮し、手堅く決勝進出を決めた。
先日のピリカカップチャンピオンとなった松永英知が、IWC勢に食込み決勝進出。確実に調子を上げている。
佐々木健人も決勝に滑り込む粘りを見せた。番狂わせを起こせるか。
4番ホールドでサドンデス
決勝ルートは垂壁からスタートし、会場を時計回りに進んでいく。
打ち込みゾーンを超えたところにある樹脂製ホールドに到達したところで、波乱が巻き起こった。
ホールド自体はガバではない。
しかし、ここまできた選手達ならば保持できないことはないハズだが、体勢が上手くとれず、逡巡した後突然フォールする選手が続出。
3名がここで散っていった。
その手が掴むものは
流石にIWC選手達は鬼門となるホールドは難なく突破していき、手数を伸ばしていく。
緩傾斜壁からはクリップ動作も加わり、より強度の高いムーブが続く。
緩傾斜壁からキューブへ乗り移るところで、中島正人が用意した2つ目のギミックが発動。
ボテ下に付いた棒状のホールドをどう対処するか…。
想定ムーブはホールドを手で掴むこと。
ここを伊藤権次が見事に手で突破し、会場からは「なるほど」と声が上がり盛り上がりを見せる。
コンペの魔物は唐突な無双終了を告げる
もちろん嶋田豊も想定ムーブを決め、難なく突破。
「これは嶋田さんの優勝で決まりだな」と会場の皆が思いかけた矢先、突然事件は起こった。
キューブに移るところで思いの外身体が回転。
腕がねじれに耐え切れずまさかのフォール…。
誰もが目を疑う瞬間となった。
リザルト
女子表彰
順位 | 名前 | 備考 |
---|---|---|
1位 | 上原久美子 | 決勝2クリップ |
2位 | 阿由葉真穂 | |
3位 | 原顕子 |
女子優勝の上原久美子は予選6完登。決勝でも男子選手たちと対等に戦い、総合順位でも上位につける活躍を見せた。
2位の阿由葉真穂は予選完登数は1であるものの、完登していないルートでも惜しいところまで高度点を稼いでいる。
原顕子も 同じく完登数1だが、強傾斜のルート7で高度点を稼げたのが大きかった。
男子表彰
順位 | 名前 | 備考 |
---|---|---|
1位 | 橋本翼 | 決勝8クリップ |
2位 | 伊藤権次 | 決勝6クリップ |
3位 | 嶋田豊 | 決勝2クリップ |
男子首位となった橋本翼は、予選7完登から逆転勝ち。
2位の伊藤権次は予選5完登ながら、決勝で順位をあげた形だ。
パーフェクトを狙えた嶋田豊は非常に惜しい結果となった。
テクニカルマスター結果
体力あってこそのテクニック
リザルトを見るに、予選突破には3完登できるかどうかが一つの指標となった。
全8ルート、どれをとっても一筋縄ではいかないものばかりで、継戦能力が問われるものだった。
身体がフレッシュな時はなんとか対応可能でも、ヨレてくると強度が高いムーブを起こす時や、シビアなホールドに対するフッキングが雑になり、途端にフォールしてしまう。
今大会は誤魔化しの効かない実力テストとなった。
IWC勢の強さ
いよいよ近づいてきたIWCに合わせて、参加予定の選手たちはしっかりと仕上げてきた印象だ。
初めて触るホールドへの対処、連続するハードムーブ、オンサイトトライの緊張感など、今大会の経験が選手達の糧になっただろう。本選での活躍を期待したい。
シリーズ最終結果
さらなる高みを目指す橋本翼
シリーズ3戦通して1位の橋本翼が文句なしのチャンピオンとなった。しかしながら要所要所で自身を超えるパフォーマンスを見せた嶋田豊との実力差を認めており、結果に見えない部分では決して満足感のある内容ではなかったようだ。この先もまだまだ彼らの挑戦が続いていくことは言うまでもないだろう。
まとめ
9月から月イチでコンペが開催されるという、ドライツーリング界隈では初の試みとなった今大会。
コンペに参加することで、普段の生活では味わえない感覚・心理状態となり、そこで新たな刺激を受ける。
そしてまた次の目標に向けて日々の生活に戻っていくというサイクルが良い流れとなった。
やはりコンペは良い。
今回もルートセットと難易度調整にはかなりの時間がかかっている。
事前の会場準備など、多岐にわたる裏方仕事をやってくれた人達には本当に頭が下がる。
素晴らしい3連戦に感謝しつつ、同じ場所でのコンペ開催に期待を寄せたい。
本記事の写真提供: @参加者の皆様、@a.y.u.hearn様