2年連続で東京開催となったドライツーリングカップ
毎年アイスクライミングシーズンが終わりかける時季に開催されているドライツーリングコンペだが、今年も東京・曙橋にあるベータクライミングジムが開催地となった。
ベータクライミングジムではアイスアックスを使用できる壁が常設されており、普段からドライツーリングのトレーニングができるため、ここ数年の参加選手全体のレベルアップが著しい。
そして毎年このコンペを一つの目標にトレーニングしている選手も多く、愛好者たちからは「祭り」とも称される、そんなコンペである。
スタッフ陣はドライツーリング界のカリスマたち
まずは今大会のスタッフ陣を紹介したい。
竹内春子
今大会のルートセッター。
自身も現役のコンペティターであり、今シーズンはアイスクライミングの世界選手権で7位、北米選手権で2位等、世界の大舞台で成果を出し続けている日本最強プレーヤー。
ルートセッターとしても優れた技術とセンスを持っており、日本のドライツーリング界を牽引する。
橋本翼
今大会の実行委員長。
自身もコンペティターであるが、現在は療養中のため、イベンターとして暗躍する。
今大会では、司会進行やジャッジ、さらにルール整備、広報活動など、幅広く対応する。
何事にも妥協しない強い意志と情熱を持つ。
古平和弘
今大会の実行委員。
ビレイや撮影、その他サポート業務を担当。
ベータで定期開催されるドライツーリング練習会の講師を務めており、初級・中級のドライツーラーの育成に熱心。その人柄は非常に人気が高く、ベータではカリスマ的存在。
小澤保志
ベータクライミングジムのオーナー。
大会中は写真撮影を担当。
自身はドライツーリングプレーヤーではないが、ベータクライミングジムで、多くの選手たちの挑戦や成長を見守ってきた。影の立役者。
熱き挑戦者たち
今大会も多くの選手にとって挑戦の場となったが、ここでは数名ほど紹介したい。
北海道から3名が参戦!
猪俣 栄治
昨年大会はファンクラスで入賞しており、今年はオープンクラスに挑戦。難易度の高い課題にも果敢に挑戦した。
真下 誠二
アイスクライミングコンペの歴史を知る大ベテラン。ファンクラスで参加。熱い気持ちで会場を沸かせた。
宮村 真由美
昨年大会は予選敗退となってしまったが、今大会では最もドラマティックなクライミングを見せた。大会前に何度か東京に訪れて練習を積み、その成果を発揮した。
孤軍奮闘のオープンクラス女子選手
笹川淳子
女子精鋭アルパインクライマー集団である銀嶺会副代表にして、国際大会にも出場するコンペティター。オープンクラスでは唯一の女子選手として参加。男子選手とリーチやスピードで競い合うことは容易ではないが、正々堂々と戦う姿に多くの人が勇気付けられたことだろう。
初挑戦でオープンクラス参加!大物ルーキー
石川 貴大
日本ではあまり見かけることのないIR社製アックス「スケルトン」で、精巧なドライツーリングテクニックを見せ、圧倒的なインパクトを残した。今大会のダークホース。
向井 黄河
プロストクライミングクラブのオーナーにして、ドライツーリングに覚醒した実力派クライマー。パワフルなムーブを見せて、会場を沸かせた。
今大会も健在!宮城の重鎮
金澤 秀男
地元の鎌倉山や二口渓谷でドライツーリングを楽しみ、精力的にコンペにも参加する宮城のレジェンドクライマー。今大会もオープンクラスで参加し、その向上心は衰えを知らない。
競技概要
予選は2課題、制限時間4分のフラッシュ方式(前日に試登動画を配信)。
昨年と同様ファンクラスとオープンクラスに分かれるが途中までは同じルートを進み、ファンクラスのゴールから、数手延長したところにオープンクラスのゴールが設定されている。
各クラス上位7名が決勝進出。
決勝は制限時間5分のオンサイト方式。
ボルダースタイルでトラバースした後、地上に足を着けずスタッフにロープをセットしてもらい、トップロープ状態で会場の上部へ登攀していく。
ファンクラスは壁の上部がゴール。
オープンクラスはそこからリード状態で最終地点を目指す。
ファンクラス7名、オープンクラス16名、計23名の熱心な参加者のアツイ挑戦の模様をレポートしていきたい。
気付きを与える1課題目
傾斜壁から反時計回りに会場を4分の3程度トラバースする課題で、ヤンガーやカニばさみなど、ドライツーリングならではのフッキングができるか問われるホールドがいくつか設置されていた。
さらに特徴としてあげられるのは、ファンクラスも吊り天井にトライ出来る設定になっていたことだ。昨年は予選でファンクラスの参加者がマグロ渡りをすることはなかったので、おそらく参加者全体がレベルアップしていることを鑑みてのことなのだろう。
また、吊り天井から下がる細いマグロを使えば、フィギュア4フィギュア9使わずに手を進める選択肢が残されており、柔軟な発想さえあれば突破が可能な課題となっていた。
予想に反して完登者が少なかった2課題目
垂壁から時計回りに会場を一周する長物の課題。
ファンクラスは強傾斜壁のボテまででフィニッシュとなる。
先を急いだのか、序盤で落ちてリトライ(2分以内なら可能)する選手や強傾斜壁を越え、吊り天井に入るも、ルーフから垂壁に戻れずタイムアップとなる選手などが相次ぎ、完登できた選手はオープンクラスで3名となった。
気持ちの強さが勝利を呼んだファンクラス決勝
課題概要
傾斜壁→揺れるコンパネとマグロ→垂壁までのトラバースパートと、垂壁の凹角→垂壁を直上するチャレンジパートからなる。
凹角の1手
揺れるコンパネとマグロからの一手を乗り越え、安心感のあるガバホールドを取ると、次に見えるホールドがかなり遠く、低い位置にセットされている…。
しかもアンダーに近いサイド引きで止める必要がある。
ここがファンクラス決勝の核心の1つだ。
思い切ってフッキングの体勢に入ろうにも、距離が遠く身体が壁から離れる方向に伸び切ってしまいホールドを保持するだけの力が加えられない…。
一つの解決策としては、凹角に入り込むことで一旦ノーハンド状態になり、次のホールドとの距離を縮めてからフッキングするとホールドが保持できるようになるというものだ。
ここで数名のチャレンジャーが時間切れやフォールとなり競技終了となった。
残り時間との戦い
チャレンジパート後半はロープをつけての登攀。
ここには3名が到達した。ファンクラスといえどシビアなホールドが連続するため慎重に手を進めるしかない。思うように登攀速度を速められない中
あと2,3手…!というところで無情にも津田洋志、玉井章夫の2名が時間切れ。唯一完登の宮村真由美が見事に逆転優勝となった。
北海道からベータへ何度も通う、気持ちの強さがこの結果を引き寄せたのだろう。
ビッグフォールのオープンクラス決勝
課題概要
傾斜壁→強傾斜壁→ルーフ→垂壁と会場を半周するトラバースパートと、垂壁→キューブを渡るクライマックスパートからなる。
君はヨーロピアンカップ最終戦を見たか
各選手、トラバースパートは難なく突破。しかし今回のコンペの魔物はクライマックスパートに入ってからすぐのところで牙をむいてきた。
結果的に5名のファイナリストがここで散ることになる。
ロープをセットしてから1手出し、ホールドの左側にフッキングしてレイバック気味に身体を上げていく。
そして右隣に同じくらいの高さに配置された次のホールドを、浮きアンダーで止めようと徐々に荷重を移していくのだが、このホールドが非常に悪い…。
しっかりと身体を上げてからホールドを保持しないと、グリップエンドが壁から離れてしまい簡単に外れてしまう…。
このホールドの配置は、今シーズン竹内春子の参戦したヨーロピアンカップ最終戦の決勝で男女共に核心として出てきたホールドの配置に酷似しており、各選手が対応に苦慮していたのも記憶に新しい。
ここでの正解は右側のアンダーをクロスで(左手で)とることだ。
右手でアンダーをとるのとは違い、脇をしめて保持できるため、ホールドに力が強く伝わり、グリップエンドが壁から離れにくくなり保持することができるようになる。
ここを見事に突破していったのは前回チャンプの松永英知と中島正人の2名だけとなった。
2点留めキューブの罠
一騎討ちとなったクライマックスパート後半、2名とも垂壁の連続するシビアなホールドを慎重に突破しキューブに乗り移っていく。
しかしこの天井から下がる立方体は2点でしか固定されていないため、ホールドに手をかけると大きく角度が変わる。
これにより、意図しないムーブとなり、うまく手を進めにくくなる。
揺れるキューブに慣れていなかった前回チャンプの松永英知はここで対応しきれずフォール…。揺れるキューブを対応しきった中島正人が唯一完登し優勝を決めた。中島正人は前回大会ではまさかの予選落ちとなっていたため、実は負けられないプレッシャーのなかでのトライだったのかもしれないが、それを見事に跳ね返した結果となった。
リザルト
オープンクラス
順位 | 名前 |
---|---|
1位 | 中島正人 |
2位 | 松永英知 |
3位 | 宮崎正章 |
首位の中島正人は、2016年2月27-28日開催の第10回アイスキャンディカップでの優勝から、6年ぶりの国内タイトル獲得となった。
またその間に開催されたいくつかのコンペでも上位の成績を残しており、長期間トップ戦線に残っている男が頂点に帰ってきた。
ファンクラス
順位 | 名前 |
---|---|
1位 | 宮村真由美 |
2位 | 玉井章夫 |
3位 | 津田洋志 |
ファンクラストップの宮村真由美だが、実は段クライマーである。
やはり強いクライマーはアックスの使い方に慣れてしまえばかなりのパフォーマンスを発揮できる好例と言えるだろう。
詳細なスコアは以下の画像を参照。
【参考情報】使用アックス一覧
ドライツールマニアが気になるであろう今大会で使用されたアックスは以下の通り。韓国製アックスのオクタ、ロシア製クルコノギのアンカー、定番アイスアックスであるノミック&Xドリームの使用者が多い。
これからコンペ対策用にアックスの購入を検討する方は是非参考にしてみて欲しい。
モデル名 | 使用者数 |
オクタ | 5人 |
クルコノギ アンカー | 4人 |
ペツル ノミック | 4人 |
カシン Xドリーム | 3人 |
クルコノギ タバロフ | 2人 |
BD フュージョン | 1人 |
IR アスピード | 1人 |
IR スケルトン | 1人 |
トランゴ ラプター | 1人 |
ICT ドラゴン2 | 1人 |
総括 バージョン2.0となった大会
今大会は昨年ベータで行われた大会がバージョンアップしたものと言っても過言ではないだろう。
会場に設置されたギミック、ルートの難易度、参加者のレベル。どれもがレベルアップしていると感じた。
豪華なギミック
クライミングエリアに入ると現れる、コンパネ1枚分のサイズの吊り天井が目に飛び込んでくる。
前回この場所はツーバイフォーの木材が1本渡されていただけだったが、今回はしっかりとした天井が出来上がっていた。
しかもそのルーフにはボテや細いマグロが付いており、この仕掛けのおかげで課題を多様なものにしていた。
強傾斜壁には、大きな三角定規のようなボテが設置され、ヨーロピアンカップ最終戦(オウル)の壁を想起させる会場に変貌していたのも特別感を演出していたように思う。
選手達が実力を発揮できるルート
競技開始前の説明でセッターの竹内春子が参加者に伝えていたことも印象的だった。
「良いルートセットとは、選手が実力を発揮出来るルートである」と。
今シーズン、海外遠征での活躍も記憶に新しい彼女が、そこで得た経験と、帰国後に「良いルートセットとは?」を学ぶ機会を得、それらを元に今回のルートを設定してくれた。質の高い課題に触れ、今回参加した選手たちのさらなるレベルアップに繋がったことだろう。
継続は力
コンペを終えて思うのは、トレーニングの手段や量はどうあれ、とにかく何かしら続けていった者が力を発揮し、よりドライツーリングを楽しめたのではないかと感じている。
次はどんな展開のコンペになるだろうか。
期待したい。
※本記事の人物名は敬略称としています。
※写真提供:ベータクライミングジム、一部参加者の方々